7/7 四股1000 七十一日目 割る

 8名参加。東京、茨城、石川、京都、沖縄より参加。本日のカウントは、モリコーネ「続・夕陽のガンマン」、木村朝之助さんとJACSHAのトーク「岩槻と相撲と音楽2017」、「説経節」(伊藤比呂美現代語訳)、チュツオーラ「ブッシュ・オブ・ゴースツ」(橋本福夫訳)、宮城道雄三味線練習曲「かすみたつ」(二上り)、日本語のカウント、江戸菅攪、全員のカウントで1000回。

 連日JACSHA野村が音読している、行司の木村朝之助さんとJACSHAとのトークでは、立ち合い。二人の力士の息があってぴったりと立ち合いと、軍配を引くときのタイミングがバチンと合うと気持ちいいそうだ。行司の土俵上の役割は、勝敗の裁きよりも、取り組む二人の力士の息を合わせることが重要なのだ。手付きが不十分でも、気持ち良く合った時は止められないという。これを聞いた時以降、大相撲の立ち合いの見る目が変わった。ヨーイドンのような合図はなく、阿吽の呼吸で立ち合うことは知っていたが、それを導く役は行司さんで、二人の力士でなく、三人がぴったりと合う、短いトリオ作品の第一音なのである。次のキーワードは「割」(わり)。割は、取組や取組表のことを指し、取組を決めることを「割を割る」(わりをわる)といい、割を割る所を「割り場」という。取組は力士を東西の二つに分けるので、割る、という表現をするのだと思うが、なんとも独特な相撲用語だ。相撲の現場では、取組表とは言わず、「割」と一言で済ます。四股を踏むときには腰を「割る」といって、腰割りの姿勢が重要になる。割を食うなど、日常生活にも「割」がつく言葉は多い。「割り場」での行司さんの役割も重要だ。続きが楽しみだ。

 毎日四股を1000回踏む生活を続けていると、稽古休みの日や自分が不参加の日でも、体がウズいてしまって、一人でも四股を踏んでしまうメンバーが増えてきた。これまでは、四股1000の収録ビデオを見ながら1000回踏む、ハッピーロンリー四股の実践、空港や電車、ホームでのゆったりとしたバレないサイレント四股をするメンバーもいたが、最近は自宅だけでなく、場所や機会も様々になり、大胆になってきた。読みたい本を読了するまで踏み続ける、待ち合わせの路上で踏み続ける、就寝前の追い四股、焼き鳥が焼けるまで待ち時間中の四股、どこでも踏むので怪しまれる、など、周囲にバレないサイレント四股ではなく、惜しげもなくどこでも割る、踏む、日常生活の風景に溶け込んだ四股生活が始まった。

 今日は七月七日。旧暦七月七日は、相撲にゆかりのある日だ。野見宿禰と当麻蹴速の相撲、相撲節会も旧暦七月七日に行われた。昨日の稽古休みの日には、JACSHA世話人里村が「耳なし芳一」(ラフカディオ・ハーン)を読みながら四股を踏み続けていたことから連想して、夏の納涼四股のお楽しみとして、JACSHA鶴見は今日七月七日から四股怪談(よつこかいだん)集を綴り始めた。一歩一歩踏むごとに涼しくなる、コワ〜い四股怪談(よつこかいだん)。隠れ四股たんの歴史とともに、話は増えていくという。

四股ノオト
7/7 四股ノオト

7/5 四股1000 六十九日目 ハープ

 10名参加。東京、神奈川、茨城、群馬、長野、京都、大阪、福岡、沖縄より参加。本日のカウントは、日本語の数字(モデラート、鈴付、アレグレット)、四股瞑想甚句(鶴見幸代作)、オランダ語の数字、「アリになった数学者」(森田真生著)、ニーチェ「ツァラトゥストラ」(手塚富雄訳)、シェーンベルク「月に憑かれたピエロ」より「月に酔い」「コロンビーナ」、「ワニのオーケストラ入門」(ドナルド・エリオット著)より、ハープとチェンバロ、全員のカウントで1000回。

 石神さんは、奈良にある天河神社の鈴を鳴らしながらカウントした。宇宙と交信しているような清らかな気分で四股を踏む。鈴は五十鈴(いすず)と呼ばれ、3つの鈴が三角形で結ばれている。解説を見てみると、『「生魂」(いくむすび)、「足魂」(たるむすび)、「玉留魂」(たまずめむすび)、という「肉体・精神・魂」或いは「天・地・人」なる三位一体の状態をあらわしています。』と書かれている。足の魂にあたるのが精神というのが興味深い。玉留の魂というのは腰や丹田かもしれない。相撲では”心技体“や、”心気体“の三位一体の調和が求められる。特に、”心気体“を一致させるのことが相撲力になるという。天河神社の神様は芸事の神様だというから、四股を踏む芸道にも通ずるであろう。

 JACSHA鶴見はオリジナルの「四股瞑想甚句」でカウントした。四股を踏みながら聞く本の朗読や、四股や腰割りや体の解説で得られる、内容と体がリンクするような不思議な感覚は誘導瞑想なのではないかと思い、久々に誘導瞑想をしながらそのテキストを四股踏み用にアレンジしたという。力が抜けて気持ちよくなり、四股肯定感(6/27四股1000六十一日目四股肯定感参照)に繋がる甚句であった。

 昨日に続けて二回目の参加となったピアニストの平良さんは、昨日は緊張していたが、今日は体の変化を感じながら開放できたという。50本の質の高いノックよりも千本ノック、のように、数をこなすことは大事なのだと、二回目にして四股1000の意義を感じてくれて嬉しい。

 評論家の松平あかねさんは遂に「月に憑かれたピエロ」を歌ってくださった。早いテンポの四股にも慣れてきたので愉快だ。「四股に憑かれたジャレオ」がますます楽しみになる。歌手の松平敬さんは、暑苦しいツァラトストラのキャラを迫力満点で演じてくれた。贅沢な四股ンサートを堪能した。

 コントラバス奏者の四戸さんがいつも読んでくれる「ワニのオーケストラ入門」。ハープのグリッサンドのところで、相撲の前捌きの動きを想起し、すり足をしながら前捌きするイメージで踏んでみた。相手の突っ張りを回避するための、両腕両手が交互に下から上へ向かう旋回運動の連続だ。思えばハープは、両足ともにペダルを使い、両腕も使うから、腰や丹田がしっかりして椅子に下りていないと演奏できないだろう。肩甲骨も柔らかいはずだ。少しだけ演奏したことがあるが、強い張力の太い弦をはじくので、全身を使わないと一音でもほとんど音が出ず、かなり大変だなと思った経験がある。力んでもいけない。一見優雅な楽器演奏に見えるが、ハープ奏者は脱力のスペシャリストなのかもしれない。

 日曜日の夕方の稽古。文化生態観察家の大澤さんは、素敵なコミュニティスペース「そろそろ旅に出ますか。」から、箏奏者の竹澤さんは群馬と長野のパーキングエリアから、石神さんと松平あかねさんは、お出かけ帰りのドレスでよそいきの四股、打楽器奏者の神田さんは最後の1分だけ、JACSHA樅山は愛知の出張から帰宅して家から。いつもと違って、オンラインならではの全国四股旅気分。今夜は6/21の夏至股夜四股から十五日目の満月。薄曇りの合間から月が見えてきたので、さっきもやったけど、月見しながらひと四股踏みますか。の気分。

7/4 四股1000 六十八日目 思い出せない

 9名参加。東京、茨城、京都、沖縄より参加。本日のカウントは、日本語の数字、大きな古時計(諫早弁)、松井茂短歌作品集(和歌詠みスタイル)630日読売新聞夕刊、宮城道雄三味線練習曲「かすみたつ」(二上り)、オランダ語の数字、こいなゆんた、わらべ唄・コーラス付(高畑勲作詞作曲)、木村朝之助さんとJACSHAのトーク「岩槻と相撲と音楽2017」、津軽平野、全員のカウントで1000回。

 占星術を勉強している石神さんが、今日は30度以内くらいに惑星が全部見える日と教えてくれた。昼間だったり曇って見えなかったりしても、遠くの宇宙空間で寄り添い合っている、惑星達を想像しながら四股を踏むのはなんて素敵だろう。

 ピアニストの平良さんが初参加。JACSHA鶴見と沖縄で音楽ワークショップをされているので、たびたび一緒に四股を踏んでいるそうだが、1000回は初めて。自分でカウントして声を出すと運動量が多くなり熱くなるが、1000回はちょうどいいとのこと。オランダ語でカウントしてくれた。数のカウントはこれまで、日本語、インドネシア語、ポーランド語、ドイツ語、フランス語、猫語、犬語、蛙語があったが、オランダ語は初めて。外国語数字での四股踏みは結構楽しく、オランダ語もなかなかいい。全員カウントで聞こえたポーランド語で、新しい言葉を聞くと反応してワクワクしたと平良さんが言っていたが、たしかに新しい出会いの楽しさと喜びを、数字と四股で味わうことができる。

 連日JACSHA野村が音読している、行司の木村朝之助さんとJACSHAとのトークは驚きがいっぱいだ。土俵上の一番が終わると、リセットして次の一番に臨むそうだ(次の一番で混ざらないように、取組んだ力士の名前を忘れるようにする)。お相撲さんは一番取り終えればハケられるが、行司さんはデハケがないまま土俵上に残り、連続して裁くことになるので、ずっと緊張感が続くなか、行司さんならではの土俵上でのリラックスポイントがあるのではないかと思い知りたかったので、今日はそれに近いエピソードが聞けた。勝ち名乗りを上げた直後くらいだろうか、呼出しさんの次の力士の呼び上げの頃だろうか。また、裁いた相撲の内容は直後は思い出せず、後からだんだんと思い出すそうである。取り組み後のインタビューで、内容は覚えていません、というお相撲さんはよく見るが、行司さんもなのだ。力士達と息を合わせ、相当の集中力と緊張感が続くのだろう。

7/3 四股1000 六十七日目 高音と重心

 8名参加。東京、茨城、愛知、京都より参加。セカンドポジションでドゥミプリエ(腰割り)、ファーストポジションでドゥミプリエ2回、グランプリエ1回(蹲踞)、ルルベから開始。本日のカウントは、日本語の数字(黙想、片目、無心・精霊付、力強)、地菅攪、サティ「ソクラテス」第三楽章、うたいきかせ般若心経(伊藤比呂美現代語訳、作曲:藤枝守)、木村朝之助さんとJACSHAのトーク「岩槻と相撲と音楽2017」、「説経節」(伊藤比呂美現代語訳)、全員のカウントで1000回。

 ダンサーの砂連尾さんは、手を合わせて気持ちを落ち着かせてからの黙想(両目をつぶる)、片目を隠す、という普段の視覚情報と違う状態での四股踏みをリードしてくれた。片目は思ったよりおかしな感覚になる。両目より体の傾きを感じたり、体が偏っているのを気付いたり、重心が変わったりする。メンバーそれぞれの左右の見え方、視力、明るさの違いがあることを知る。双葉山は右目が見えなかったというが、常人ではない強さの理由の一つにこのこともあるのかもしれない。

 評論家の松平あかねさんは、高音のソプラノで「ソクラテス」を歌ってカウントした。重心を下げる四股踏みをしながら、高音で歌い続けるのはどういう感覚か尋ねると、高層の建築の土台が深いように、高音の発声ではより重心を下げるのだそうだ。四股と高音は相性がいいようだ。低音は声をたくさん出さず、垂らす程度に歌うという。発声するときの体内の筒のイメージのことも教えてくれた。これは西洋クラシック音楽独特の発声法で、習得するのはとても難しい。その他の伝統音楽や民謡では筒のイメージはしない。松平さんいわく『周波数を集めた歌い方』となる。西洋音楽は教会などの建築物と共鳴して声を出すことが違いの要因の一つであるそうだ。相撲の呼出しさんはどうかと言うと、呼出し邦夫さんの場合は、西洋スタイルの筒発声と、ホーミーのような周波数を集めた発声のどちらも合わせ持った独特の声のため、ファンからは邦オペラとも言われることがある。呼出し利樹之丞さんは典型的な周波数を集めた発声といえるだろう。

 シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」から、「四股に憑かれたジャレオ」というダジャレが思い付くほど四股にハマっている砂連尾さんの四股風の踊りで、隠れキリシタンのクレドと六段のように、松平あかねさんの歌と、竹澤さんの箏などの和楽器にアレンジした「月に憑かれたピエロ」をやってみたら面白そうと盛り上がる。指揮者がいないと演奏が難しいので、四股ンダクターも必須だ。隠れ四股たんのレパートリーが増えていく。

四股ノオト
7/3 四股ノオト

7/2 四股1000 六十六日目 リラックス

 10名参加。東京、神奈川、茨城、愛知、京都、福岡より参加。ルルベ、ドゥミプリエ、壁の股割り、腰割りから開始。本日のカウントは、狂歌(松平あかね作)、グレゴリオ聖歌「ディエスイレ」、色と形と音の瞑想(ルドルフ・シュタイナー著)、木村朝之助さんとJACSHAのトーク「岩槻と相撲と音楽2017」、「説経節」(伊藤比呂美現代語訳)、サティ「ヴェクサシオン」、日本語の数字(遅重、モデラート)、箏曲「六段」より二段目、全員のカウント(犬、猫、象、など)1000回。

 JACSHA野村が昨日より音読している、高砂部屋の十両格行司木村朝之助さんとのトークは、土俵上の裁きについて驚くことがたくさんある。軍配を上げるとき、考えている時間はなく、直感と反射神経で勝手に体が動くので、軍配を差し違えたことも直後に分かるんだという。面白い感覚だ。力士は稽古をするが、行司の稽古やリハはないという。呼出しさんからも伺ったことがあるが、巡業や本場所での出番が本番でもあり練習でもある。やるときはいつでも本番であるという緊張感から磨かれる直感力もあるのだろう。毎日の四股1000はリラックスをするのが重要で、楽器の演奏でもリラックスと脱力の効果を実感するため、毎日が本番の行司さんや呼出しさんの土俵上でのリラックス体感についても知りたいところだ。

 文化生態観察家の大澤さんは、100回踏む間、足元から頭まで徐々に水が上がってくるようなイメージをしながら踏むことがあるという。水ではなく油だったらどうかなと、液体の種類も変える。また、体を傾けるときに、体内の水の傾きを意識してみるという。感想戦でだらんだらんと揺れながら緩やかに実践してみたが、大変気持ちいい。究極のリラックスで、脱力した時の体の重みが手にとって分かるような感じ。

 肩こりに悩む打楽器奏者の神田さんは、両手で輪ゴムを軽く繰り返し伸び縮みさせる運動を教えてくれた。インナーマッスルに効きそうでこれも気持ちいい。体に無理がなく、インナーマッスルの動きで思い出す楽器にテルミンがある。肩甲骨と腕の柔らかな動きを空中でする事でフワフワと音を変化させる演奏だ。松平あかねさん、松平敬さんが、動きと声で上手にデモンストレーションしてくれたが、これも気持ちよさそうだ。四股の周りにテルミンを置いたらどんな音楽になるだろう。

四股ノオト
7/2 四股ノオト

7/1 四股1000 六十五日目 裸

 10名参加。東京、茨城、愛知、京都、大阪、福岡より参加。ルルベ、ドゥミプリエ、壁の股割り、腰割りから開始。本日のカウントは、カエル語(脱力系)、元素(軽い方から)、木村朝之助さんとJACSHAのトーク「岩槻と相撲と音楽2017」、「説経節」(伊藤比呂美現代語訳)、「アリになった数学者」(森田真生著)、宮城道雄三味線練習曲「笛の音」(二上り)、ジミヘン「パープルヘイズ」、狂歌(松平あかね作)、「母韻」(詩・藤井貞和)、全員のカウントで1000回。

 JACSHA樅山は、出張中のホテルから、カメラをオフにして裸で参加した。そのことによって「肉」としての体に気づいたという。パンツを履いているときは、パンツを、その肉と世界を隔てる膜のように感じ、パンツを脱いだら、ホテルの部屋自体を膜のように感じたそうだ。お相撲さんはマワシをつけずに真っ裸で四股を踏むことはあるのだろうか。また、JACSHA樅山は、いつもの自宅とは違う床で踏んでみることで、四股が直接骨に響くのを感じたという。四股の一歩一歩を振り下ろす際に、スネの骨に垂直に刺激を与えることがとても大事だと、一ノ矢さんもおっしゃっている。四股を踏む床(土)の素材や状況によって、足裏や骨、脇など、体のどこを感じるかが変わってくる。

 JACSHA鶴見のカウントは、鍵盤ハーモニカで「パープルヘイズ」。ロックで四股を踏んだのは初めてかもしれない。オフビートで体が真っ直ぐになるタイミングがあって踏みやすかった、怒りで踏みこみ、やさぐれて脱力した、という感想があった。踏むたびに幸せを感じる四股もあれば(6/27四股1000六十一日目四股肯定感参照)、やさぐれた四股もあるのである。ヤンキーは、股関節と足首が柔らかくないとヤンキー座りは出来ないとダンサーの佐久間さんが指摘してくれた。鶴見は音楽的な理由で選曲したのでなく、煙と四股の夢を見て「パープルヘイズ」の邦題「紫のけむり」を思い出したからだという。夢では海にいたというのも、ジミヘンが「パープルヘイズ」を作ったときと共通しているという。となれば、次は「スモーク&スモー・オンザウォーター」(水上の音楽)だ!というアイデアに。宇和島への郷土愛が強い松平敬さんのお祖母さんは、紫色の日本髪で戒名に紫雲が入っているという。

マリノオト
7/1 マリノオト

6/30 四股1000 六十四日目 大きくなりたい

 6名参加。東京、茨城、京都、大阪より参加。セカンドポジションでドゥミプリエ(腰割り)、ファーストポジションでドゥミプリエ2回、グランプリエ1(蹲踞)、ルルベ、壁の腰割りから開始。本日のカウントは、渡りぞう・瀧落菅攪、相撲甚句(カエル)、元素(軽い方から)、カエル語、宮城道雄三味線練習曲「笛の音」(二上り)、「説経節」(伊藤比呂美現代語訳)、さいたまトリエンナーレ2016千秋楽での一ノ矢さんと呼出し邦夫さんとJACSHAの相撲聞芸術フォーラム「相撲道と作曲道2」より、相撲甚句の説明と相撲甚句「JACSHA土俵祭りin岩槻」(一ノ矢作)のカウントで1000回。

 四股1000のカウントでは、本の朗読も多い。四股を踏みながら朗読を聞いていると、一人での読書に比べると、内容の入り方や感じ方が違う。石神さんは大澤さんが読む「アリになった数学者」(森田真生著)、を、JACSHA野村は松平あかねさんが読む「虚像のアラベスク」(深水黎一郎著)を購入した。気になってしょうがなくなる。他にも気になる本が結構ある。石神さんがよくカウントする元素記号は、「タングステンおじさん」(オリバー・サックス著)の本から読んでいることが分かった。また気になる本が一つ増えた。新しい読書の形態で、四股ンサートでも朗読タイムは必須だろう。

 JACSHA野村は、相撲聞芸術フォーラム「相撲道と作曲道」の書き起こしを読み終えた。『日本の芸能は進歩するのでなく、混合して大きくなっていくものだ』と、折口信夫の言葉(「日本芸能史ノート」より)を教えてくれた一ノ矢さんが、大きくなるようにと願いを込めて作ってくださった相撲甚句「JACSHA土俵祭りin岩槻」を歌って終わったのは感激だ。四股1000もいろんなものがくっついて大きくなりたい。

 ダンサーの佐久間さんは、カエル語でカウント。体を傾けた時、踏み込んだ時に、体の重みでカエルのような「グワッ」という声を自然に出すことができる。自分の体が楽器になったような不思議な感覚になる。名付けるならば、四股楽器、四股インストゥルメントだろうか。夜にカエルの合唱を聞いていると、鳴いているときと鳴きやんでいるときとムラがあることに気づく。ずっと鳴き続けているのではない。静けさがしばしあり、鳴き始めをリードする1番バッタータイプのカエルがいるという。それに続いて、2番、3番、4番バッターのカエルが続いていく。カエルの合唱にも立ち合いのような駆け引きがあるのだ。四股1000でも、カエルの合唱や、息を合わせた相撲の立ち合いのように始まる、立ち合い四股もやってみたい。これは、ねってい相撲とも似ている。カエル達はどのようなことをきっかけに鳴きやむのだろうか。

 数日前に箏曲「六段」でのアンサンブル案が出たが、(6/25四股1000五十九日目隠れ四股たん参照)、「六段」を元にして作られた、沖縄版の六段と言われる「菅攪」(すががち)シリーズがある。感想戦で、竹澤さんの箏演奏と、JACSHA鶴見の三線で、両者の「一段」を同時演奏してみたが、拍数もほぼ一緒で、思ったより似ていて、ベースは同曲なんだと感じる。竹澤さんによると、三線は細かく8分音符で刻むような、替え手式になっているのではないかとのこと。これに、グレゴリオ聖歌のクレドの歌唱と、鳴り物を入れた四股1000メンバーでの合奏と四股をオフラインで実現したい。

 四股1000日記を付け始めて丸1ヶ月が経った。新しいメンバーも増え、さまざまなカウントが実践され、四股の探究が深まっていった。毎日同じ行いを繰り返しているのに、四股のシンプルさゆえか、日々新しい発見がある。七月がどのような四股1000になるのか本当に楽しみだ。

四股ノオト
6/30 四股ノオト

6/28 四股1000 六十二日目 ととのう

 9名参加。東京、茨城、神奈川、京都、大阪より参加。セカンドポジションでグランプリエ(腰割り)、ファーストポジションでドゥミプリエ2回、グランプリエ1回(蹲踞)、ルルベから開始。本日のカウントは、日本語の数字(黙想、普、速おもちゃ付、餅)、ポーランド語の数字、ラヴェル「ボレロ」、元素(軽い方から)、狂歌(松平あかね作)、いざ最悪の方へ(サミュエル・ベケット著)のカウントで1000回。

 バレエ用語を用いての準備運動は、いつもJACSHA野村が慣れない単語を唱えていたが、今日はダンサーの砂連尾さんにリードしていただいた。バレエと四股や相撲の動きは似ているところもあるし違うところもある。バレエではつま先を180度に開くことが多いが、四股ではそこまでは開かず90度くらいだ。つま先と膝の向きを同じにして、足首から膝までが大地に対して垂直になるように立つことで、骨を揃えることが大事である、というのが、一ノ矢師匠からの教えの一つ。両足を大きく開くほど、足首から膝までを大地に対して垂直にするためには、腰を深く下げる必要があり、大きな四股となる。足を開く幅が小さいほど四股も小さくなるので、体の負荷も少なく無理せずにできる。バレエでは、つま先を大きく開いた時に、膝との角度がバラバラになることもあるそうだ。とはいえ、運動のプロではない、体の硬さに自信のあるメンバーからは(四股1000には、この中で私が一番硬いです、と自称する人が結構いる)、小さい四股で骨を揃えるにしても、骨盤が柔らかく開いていないと難しいので、腰を深く下ろす大きな四股の感覚も知った上で、小さい四股を踏むのが大事なのではないかという意見。一方で、以前は信じられないくらい腰が下りずに硬かったが、四股1000を続けて徐々に柔らかくなってきた、という別のメンバーもいる。これを聞くと、1日小さい四股を1000回もたくさん踏み続けることが重要であると気づく。

 目を閉じて踏み続けると、視界からの情報が入らないため、呼吸や体の内部感覚に意識を向けることができる。しばらく踏み続けて目を開けてみると、元の位置からズレていることもある。寝不足で参加したJACSHA世話人の里村は、今日の四股1000で「ととのってきた」と言う。四股1000に参加する以前はサウナと冷水の繰り返しで「ととのえ」てきたというメンバーは、コロナ禍で4ヶ月もサウナに行けていないが、四股1000を続けることによって「ととのう」感覚を得ているそうだ。「ととのう」ことは、四股で得られる重要な感覚だ。一ノ矢さんの連載「四股探究の旅」の第三回「“心気体”と四股」(月刊「武道」2018年11月号より)にはこう書かれている。『何十回、何百回とくり返すにしたがい、全身の筋肉が、細胞が、均一に齊って(ととのって)きます。』

 松平あかねさんは、オリジナルの歌「狂歌」を詠んだ。今年の1月から歌を書いているという。歌をゆーっくり詠んだあと、早いテンポで解説する、を繰り返す。日常生活の歌が多く(四股踏みの歌もあった)、歌の中によく登場する夫である敬さんが10ずつカウントしていくのも面白かった。四股1000の新しい文化に出会えたようで興奮した。

 先週の夏至股夜四股に続き、今日は夕方の四股時間であった。夕四股もいい。JACSHA鶴見は茨城の田んぼから参加した。裸で踏みたい(銭湯案)、マワシをつけて踏んでみたい、登山四股で歌垣(筑波山、大文字など)、など、メンバーからの悠久な夢が広がる。こうした楽しい四股1000イベントも引き続き、徐々に企画していきたい。