7/3 四股1000 六十七日目 高音と重心

 8名参加。東京、茨城、愛知、京都より参加。セカンドポジションでドゥミプリエ(腰割り)、ファーストポジションでドゥミプリエ2回、グランプリエ1回(蹲踞)、ルルベから開始。本日のカウントは、日本語の数字(黙想、片目、無心・精霊付、力強)、地菅攪、サティ「ソクラテス」第三楽章、うたいきかせ般若心経(伊藤比呂美現代語訳、作曲:藤枝守)、木村朝之助さんとJACSHAのトーク「岩槻と相撲と音楽2017」、「説経節」(伊藤比呂美現代語訳)、全員のカウントで1000回。

 ダンサーの砂連尾さんは、手を合わせて気持ちを落ち着かせてからの黙想(両目をつぶる)、片目を隠す、という普段の視覚情報と違う状態での四股踏みをリードしてくれた。片目は思ったよりおかしな感覚になる。両目より体の傾きを感じたり、体が偏っているのを気付いたり、重心が変わったりする。メンバーそれぞれの左右の見え方、視力、明るさの違いがあることを知る。双葉山は右目が見えなかったというが、常人ではない強さの理由の一つにこのこともあるのかもしれない。

 評論家の松平あかねさんは、高音のソプラノで「ソクラテス」を歌ってカウントした。重心を下げる四股踏みをしながら、高音で歌い続けるのはどういう感覚か尋ねると、高層の建築の土台が深いように、高音の発声ではより重心を下げるのだそうだ。四股と高音は相性がいいようだ。低音は声をたくさん出さず、垂らす程度に歌うという。発声するときの体内の筒のイメージのことも教えてくれた。これは西洋クラシック音楽独特の発声法で、習得するのはとても難しい。その他の伝統音楽や民謡では筒のイメージはしない。松平さんいわく『周波数を集めた歌い方』となる。西洋音楽は教会などの建築物と共鳴して声を出すことが違いの要因の一つであるそうだ。相撲の呼出しさんはどうかと言うと、呼出し邦夫さんの場合は、西洋スタイルの筒発声と、ホーミーのような周波数を集めた発声のどちらも合わせ持った独特の声のため、ファンからは邦オペラとも言われることがある。呼出し利樹之丞さんは典型的な周波数を集めた発声といえるだろう。

 シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」から、「四股に憑かれたジャレオ」というダジャレが思い付くほど四股にハマっている砂連尾さんの四股風の踊りで、隠れキリシタンのクレドと六段のように、松平あかねさんの歌と、竹澤さんの箏などの和楽器にアレンジした「月に憑かれたピエロ」をやってみたら面白そうと盛り上がる。指揮者がいないと演奏が難しいので、四股ンダクターも必須だ。隠れ四股たんのレパートリーが増えていく。

四股ノオト
7/3 四股ノオト

初代高砂浦五郎の地歌<相撲もの>をつくる 2020年8月9日(日)

7月12日から始まる「すみゆめの七夕」で、JACSHA野村が、作曲ワークショップ、新曲発表とトーク、コンサートを行います。中でもJACSHAとしての目玉は、8月9日「初代高砂浦五郎~高砂浦五郎を賜るの段」新曲初演!高砂部屋マネージャーで元・一ノ矢の松田哲博氏による原案!演奏は、竹澤悦子さんです。一ノ矢さんのトークもあるそうです!楽しみですね。

初代高砂浦五郎の地歌<相撲もの>をつくる

日 時
8月9日(日)14:00~15:45

ト ー ク
松田哲博(元・一ノ矢/高砂部屋マネージャー) × 野村誠
「初代高砂浦五郎伝」執筆のこと、そこから生まれる地歌のこと、じっくりと語り合います。

浪曲地歌
「初代高砂浦五郎~高砂浦五郎を賜るの段」※新作初演
原作:松田哲博、作曲:野村誠、地歌三味線:竹澤悦子
※すみだリバーサイドホールで公開収録を行い、後日オンライン配信します。

詳細は、下記ページより:

https://sumiyume.jp/event/tanabata2020/

7/2 四股1000 六十六日目 リラックス

 10名参加。東京、神奈川、茨城、愛知、京都、福岡より参加。ルルベ、ドゥミプリエ、壁の股割り、腰割りから開始。本日のカウントは、狂歌(松平あかね作)、グレゴリオ聖歌「ディエスイレ」、色と形と音の瞑想(ルドルフ・シュタイナー著)、木村朝之助さんとJACSHAのトーク「岩槻と相撲と音楽2017」、「説経節」(伊藤比呂美現代語訳)、サティ「ヴェクサシオン」、日本語の数字(遅重、モデラート)、箏曲「六段」より二段目、全員のカウント(犬、猫、象、など)1000回。

 JACSHA野村が昨日より音読している、高砂部屋の十両格行司木村朝之助さんとのトークは、土俵上の裁きについて驚くことがたくさんある。軍配を上げるとき、考えている時間はなく、直感と反射神経で勝手に体が動くので、軍配を差し違えたことも直後に分かるんだという。面白い感覚だ。力士は稽古をするが、行司の稽古やリハはないという。呼出しさんからも伺ったことがあるが、巡業や本場所での出番が本番でもあり練習でもある。やるときはいつでも本番であるという緊張感から磨かれる直感力もあるのだろう。毎日の四股1000はリラックスをするのが重要で、楽器の演奏でもリラックスと脱力の効果を実感するため、毎日が本番の行司さんや呼出しさんの土俵上でのリラックス体感についても知りたいところだ。

 文化生態観察家の大澤さんは、100回踏む間、足元から頭まで徐々に水が上がってくるようなイメージをしながら踏むことがあるという。水ではなく油だったらどうかなと、液体の種類も変える。また、体を傾けるときに、体内の水の傾きを意識してみるという。感想戦でだらんだらんと揺れながら緩やかに実践してみたが、大変気持ちいい。究極のリラックスで、脱力した時の体の重みが手にとって分かるような感じ。

 肩こりに悩む打楽器奏者の神田さんは、両手で輪ゴムを軽く繰り返し伸び縮みさせる運動を教えてくれた。インナーマッスルに効きそうでこれも気持ちいい。体に無理がなく、インナーマッスルの動きで思い出す楽器にテルミンがある。肩甲骨と腕の柔らかな動きを空中でする事でフワフワと音を変化させる演奏だ。松平あかねさん、松平敬さんが、動きと声で上手にデモンストレーションしてくれたが、これも気持ちよさそうだ。四股の周りにテルミンを置いたらどんな音楽になるだろう。

四股ノオト
7/2 四股ノオト

7/1 四股1000 六十五日目 裸

 10名参加。東京、茨城、愛知、京都、大阪、福岡より参加。ルルベ、ドゥミプリエ、壁の股割り、腰割りから開始。本日のカウントは、カエル語(脱力系)、元素(軽い方から)、木村朝之助さんとJACSHAのトーク「岩槻と相撲と音楽2017」、「説経節」(伊藤比呂美現代語訳)、「アリになった数学者」(森田真生著)、宮城道雄三味線練習曲「笛の音」(二上り)、ジミヘン「パープルヘイズ」、狂歌(松平あかね作)、「母韻」(詩・藤井貞和)、全員のカウントで1000回。

 JACSHA樅山は、出張中のホテルから、カメラをオフにして裸で参加した。そのことによって「肉」としての体に気づいたという。パンツを履いているときは、パンツを、その肉と世界を隔てる膜のように感じ、パンツを脱いだら、ホテルの部屋自体を膜のように感じたそうだ。お相撲さんはマワシをつけずに真っ裸で四股を踏むことはあるのだろうか。また、JACSHA樅山は、いつもの自宅とは違う床で踏んでみることで、四股が直接骨に響くのを感じたという。四股の一歩一歩を振り下ろす際に、スネの骨に垂直に刺激を与えることがとても大事だと、一ノ矢さんもおっしゃっている。四股を踏む床(土)の素材や状況によって、足裏や骨、脇など、体のどこを感じるかが変わってくる。

 JACSHA鶴見のカウントは、鍵盤ハーモニカで「パープルヘイズ」。ロックで四股を踏んだのは初めてかもしれない。オフビートで体が真っ直ぐになるタイミングがあって踏みやすかった、怒りで踏みこみ、やさぐれて脱力した、という感想があった。踏むたびに幸せを感じる四股もあれば(6/27四股1000六十一日目四股肯定感参照)、やさぐれた四股もあるのである。ヤンキーは、股関節と足首が柔らかくないとヤンキー座りは出来ないとダンサーの佐久間さんが指摘してくれた。鶴見は音楽的な理由で選曲したのでなく、煙と四股の夢を見て「パープルヘイズ」の邦題「紫のけむり」を思い出したからだという。夢では海にいたというのも、ジミヘンが「パープルヘイズ」を作ったときと共通しているという。となれば、次は「スモーク&スモー・オンザウォーター」(水上の音楽)だ!というアイデアに。宇和島への郷土愛が強い松平敬さんのお祖母さんは、紫色の日本髪で戒名に紫雲が入っているという。

マリノオト
7/1 マリノオト

6/30 四股1000 六十四日目 大きくなりたい

 6名参加。東京、茨城、京都、大阪より参加。セカンドポジションでドゥミプリエ(腰割り)、ファーストポジションでドゥミプリエ2回、グランプリエ1(蹲踞)、ルルベ、壁の腰割りから開始。本日のカウントは、渡りぞう・瀧落菅攪、相撲甚句(カエル)、元素(軽い方から)、カエル語、宮城道雄三味線練習曲「笛の音」(二上り)、「説経節」(伊藤比呂美現代語訳)、さいたまトリエンナーレ2016千秋楽での一ノ矢さんと呼出し邦夫さんとJACSHAの相撲聞芸術フォーラム「相撲道と作曲道2」より、相撲甚句の説明と相撲甚句「JACSHA土俵祭りin岩槻」(一ノ矢作)のカウントで1000回。

 四股1000のカウントでは、本の朗読も多い。四股を踏みながら朗読を聞いていると、一人での読書に比べると、内容の入り方や感じ方が違う。石神さんは大澤さんが読む「アリになった数学者」(森田真生著)、を、JACSHA野村は松平あかねさんが読む「虚像のアラベスク」(深水黎一郎著)を購入した。気になってしょうがなくなる。他にも気になる本が結構ある。石神さんがよくカウントする元素記号は、「タングステンおじさん」(オリバー・サックス著)の本から読んでいることが分かった。また気になる本が一つ増えた。新しい読書の形態で、四股ンサートでも朗読タイムは必須だろう。

 JACSHA野村は、相撲聞芸術フォーラム「相撲道と作曲道」の書き起こしを読み終えた。『日本の芸能は進歩するのでなく、混合して大きくなっていくものだ』と、折口信夫の言葉(「日本芸能史ノート」より)を教えてくれた一ノ矢さんが、大きくなるようにと願いを込めて作ってくださった相撲甚句「JACSHA土俵祭りin岩槻」を歌って終わったのは感激だ。四股1000もいろんなものがくっついて大きくなりたい。

 ダンサーの佐久間さんは、カエル語でカウント。体を傾けた時、踏み込んだ時に、体の重みでカエルのような「グワッ」という声を自然に出すことができる。自分の体が楽器になったような不思議な感覚になる。名付けるならば、四股楽器、四股インストゥルメントだろうか。夜にカエルの合唱を聞いていると、鳴いているときと鳴きやんでいるときとムラがあることに気づく。ずっと鳴き続けているのではない。静けさがしばしあり、鳴き始めをリードする1番バッタータイプのカエルがいるという。それに続いて、2番、3番、4番バッターのカエルが続いていく。カエルの合唱にも立ち合いのような駆け引きがあるのだ。四股1000でも、カエルの合唱や、息を合わせた相撲の立ち合いのように始まる、立ち合い四股もやってみたい。これは、ねってい相撲とも似ている。カエル達はどのようなことをきっかけに鳴きやむのだろうか。

 数日前に箏曲「六段」でのアンサンブル案が出たが、(6/25四股1000五十九日目隠れ四股たん参照)、「六段」を元にして作られた、沖縄版の六段と言われる「菅攪」(すががち)シリーズがある。感想戦で、竹澤さんの箏演奏と、JACSHA鶴見の三線で、両者の「一段」を同時演奏してみたが、拍数もほぼ一緒で、思ったより似ていて、ベースは同曲なんだと感じる。竹澤さんによると、三線は細かく8分音符で刻むような、替え手式になっているのではないかとのこと。これに、グレゴリオ聖歌のクレドの歌唱と、鳴り物を入れた四股1000メンバーでの合奏と四股をオフラインで実現したい。

 四股1000日記を付け始めて丸1ヶ月が経った。新しいメンバーも増え、さまざまなカウントが実践され、四股の探究が深まっていった。毎日同じ行いを繰り返しているのに、四股のシンプルさゆえか、日々新しい発見がある。七月がどのような四股1000になるのか本当に楽しみだ。

四股ノオト
6/30 四股ノオト

6/28 四股1000 六十二日目 ととのう

 9名参加。東京、茨城、神奈川、京都、大阪より参加。セカンドポジションでグランプリエ(腰割り)、ファーストポジションでドゥミプリエ2回、グランプリエ1回(蹲踞)、ルルベから開始。本日のカウントは、日本語の数字(黙想、普、速おもちゃ付、餅)、ポーランド語の数字、ラヴェル「ボレロ」、元素(軽い方から)、狂歌(松平あかね作)、いざ最悪の方へ(サミュエル・ベケット著)のカウントで1000回。

 バレエ用語を用いての準備運動は、いつもJACSHA野村が慣れない単語を唱えていたが、今日はダンサーの砂連尾さんにリードしていただいた。バレエと四股や相撲の動きは似ているところもあるし違うところもある。バレエではつま先を180度に開くことが多いが、四股ではそこまでは開かず90度くらいだ。つま先と膝の向きを同じにして、足首から膝までが大地に対して垂直になるように立つことで、骨を揃えることが大事である、というのが、一ノ矢師匠からの教えの一つ。両足を大きく開くほど、足首から膝までを大地に対して垂直にするためには、腰を深く下げる必要があり、大きな四股となる。足を開く幅が小さいほど四股も小さくなるので、体の負荷も少なく無理せずにできる。バレエでは、つま先を大きく開いた時に、膝との角度がバラバラになることもあるそうだ。とはいえ、運動のプロではない、体の硬さに自信のあるメンバーからは(四股1000には、この中で私が一番硬いです、と自称する人が結構いる)、小さい四股で骨を揃えるにしても、骨盤が柔らかく開いていないと難しいので、腰を深く下ろす大きな四股の感覚も知った上で、小さい四股を踏むのが大事なのではないかという意見。一方で、以前は信じられないくらい腰が下りずに硬かったが、四股1000を続けて徐々に柔らかくなってきた、という別のメンバーもいる。これを聞くと、1日小さい四股を1000回もたくさん踏み続けることが重要であると気づく。

 目を閉じて踏み続けると、視界からの情報が入らないため、呼吸や体の内部感覚に意識を向けることができる。しばらく踏み続けて目を開けてみると、元の位置からズレていることもある。寝不足で参加したJACSHA世話人の里村は、今日の四股1000で「ととのってきた」と言う。四股1000に参加する以前はサウナと冷水の繰り返しで「ととのえ」てきたというメンバーは、コロナ禍で4ヶ月もサウナに行けていないが、四股1000を続けることによって「ととのう」感覚を得ているそうだ。「ととのう」ことは、四股で得られる重要な感覚だ。一ノ矢さんの連載「四股探究の旅」の第三回「“心気体”と四股」(月刊「武道」2018年11月号より)にはこう書かれている。『何十回、何百回とくり返すにしたがい、全身の筋肉が、細胞が、均一に齊って(ととのって)きます。』

 松平あかねさんは、オリジナルの歌「狂歌」を詠んだ。今年の1月から歌を書いているという。歌をゆーっくり詠んだあと、早いテンポで解説する、を繰り返す。日常生活の歌が多く(四股踏みの歌もあった)、歌の中によく登場する夫である敬さんが10ずつカウントしていくのも面白かった。四股1000の新しい文化に出会えたようで興奮した。

 先週の夏至股夜四股に続き、今日は夕方の四股時間であった。夕四股もいい。JACSHA鶴見は茨城の田んぼから参加した。裸で踏みたい(銭湯案)、マワシをつけて踏んでみたい、登山四股で歌垣(筑波山、大文字など)、など、メンバーからの悠久な夢が広がる。こうした楽しい四股1000イベントも引き続き、徐々に企画していきたい。

6/27 四股1000 六十一日目 四股肯定感

 10名参加。東京、京都、福岡、沖縄より参加。ルルベ、ドゥミプリエ、壁の股割り、腰割りから開始。本日のカウントは、宮城県民謡「斎太郎節」、「軸とハラを鍛えれば必ず強くなる!」(高岡英夫著)より下丹田(ゲタンデン)、般若心経(伊藤比呂美現代語訳)、日本語の数字、「説経節」(伊藤比呂美現代語訳)、さいたまトリエンナーレ2016千秋楽での一ノ矢さんと呼出し邦夫さんとJACSHAの相撲聞芸術フォーラム「相撲道と作曲道2」より、呼出し道と相撲甚句の由来、わらべ唄・コーラス付(高畑勲作詞作曲)、ショパン「小犬のワルツ」、「アリになった数学者」(森田真生著)のカウントで1000回。

 沖縄ではクマゼミが鳴いている。JACSHA世話人里村はポーランドを教わったときに「ポーランド語はクマゼミみたいだから、クマゼミになるんだよ」と言われたそうで、確かにクマゼミはポーランド語に聞こえなくもない。関東ではクマゼミは聞かれないらしいが、静岡以西では聞かれるということを知る。沖縄の秋のクマゼミはシンセ音やサイレンのようらしいが、どのようなポーランド語なのか、秋の四股1000の楽しみが増えた。

 松平あかねさんが読んだ下丹田(ゲタンデン)。下丹田に意識がいくと、腹が据わるというように、上半身が自由になって、心が落ち着き、悩まなくなる。とか、松平敬さんが読んだ、般若心経の現代語訳では、あるものは全てない、老いて死ぬ苦しみがなくなることもない、など、ないない尽くしの教えを聞きながら四股を踏み続けると、いよいよすごい境地に入ってきた感がある。

 そして、ダンサーの砂連尾さんは、軸足の膝に体の重みが乗っかると、下腹に意識がしやすくなり、一踏み一踏みするごとに、嬉しい、喜び、幸せを感じるという。踏むたびに自分が肯定される。足を上げて下ろすことは、生きていくことを肯定すること。「自分なりの踏み方で、リラックスすること」というのが一ノ矢師匠からの大事な教えでもあるように、砂連尾さんも教え子たちに「あなた達の足跡を否定するものはない」と伝えているそうだ。JACSHA鶴見は、とても低かった自己肯定感が、四股1000を始めてから上がったという。こうした内省を人前では言いにくいものだが、躊躇しつつもカミングアウトできてしまうのが、四股のもつ自己肯定エネルギーの賜物なのかもしれない。JACSHA野村の「相撲道と作曲道2」の音読で、呼出し邦夫さんは、こういう声を出さなければいけないとは教わらなかったという。それはつまり、自分なりの呼び出し道を歩むことを肯定されているのだ。これらのことから、四股肯定感というか、四股1000道というべきものが見えてくる気がする。

 感想戦の間ずっと、ナナちゃんが右回りで旋回していた。子どもがぐるぐる旋回することは珍しくないと思うが、なぜ回るのだろう。それも右回りで。ブラジルやポーランドに旋回する踊りがあるという。北半球では流すトイレの水は右回りだというし、気象で言えば高気圧だ。JACSHA鶴見が鍵盤ハーモニカでカウントした「小犬のワルツ」は、四股が大変踏みずらく、上に向かっての運動になりがちだったが、石神さんは回りたくなったという。小犬のワルツは、右回りのようでもあり、左回りのようでもある、高気圧と低気圧が連続するような、不思議な回転音楽なのかもしれない。

 昨日、今日と、ナナ、七、蛇に関する奇遇な話題が多く出る。七月七日に生まれた、七月七日に挙式をあげた、蛇年生まれ、など。昨日からJACSHA鶴見は、隠れ四股たんの歴史を執筆し始め、旧暦七月七日と蛇と四股は関連があるらしく、今日の奇遇話からもまだまだ膨らませそうとのことである。

四股ノオト
6/27 四股ノオト

6/26 四股1000 六十日目 ナナ

 6名参加。東京、京都、大阪より参加。ルルベ、ドゥミプリエ、壁の股割り、腰割りから開始。本日のカウントは、親子で前後に並んでのカウント、さいたまトリエンナーレ2016千秋楽での一ノ矢さんと呼出し邦夫さんとJACSHAの相撲聞芸術フォーラム「相撲道と作曲道2」、親子で手をつないでのカウント、「説経節」(伊藤比呂美現代語訳)、ヴァイオリン属の弦の種類、箏曲「六段」より初段の口唱歌、わらべうた(50踏)、7を強調するナナカウント(50踏)、インドネシア語(50踏)、「説経節」(50踏)、コントラバスで「相撲甚句」演奏(50踏)、「般若心経」超早読み(50踏)、全員のカウントで1000回。

 ナナは七月七日に生まれてナナという名前になったが、野見宿禰と当麻蹴速が相撲をとったのは七月七日と伝えられていて、相撲節会も始められた8世紀には七月七日に行われていた。親子で前後に並んでの四股で、石神さんの5角形の背後でナナちゃんの小さな5角形が内包されて見える二重5角形が美しい。

 JACSHA野村の「相撲道と作曲道2」の音読では、一ノ矢さんからジャン・コクトーが相撲を鑑賞し、立ち合いについてバランスの妙技と形容し感激し長い文章を残しているとのこと。コクトーと相撲についても要リサーチ。また、JACSHA樅山の「1時間くらいしきり直しをしている間、観客は待つんですか?」の質問に、一ノ矢さんが「やっぱり酒を飲んで」と、邦夫さんが「そういうものだったんです」と応答し、樅山が「素敵、そういう感覚」と言ったところで、素敵と言えることも素敵だと思い、1時間立ち合いを待ち続ける感覚に思いを馳せる。以前、ジョアン・ジルベルトの横浜でのコンサートで、途中、舞台上でジョアンが眠ってしまったのか、何十分もギターを抱えたまま演奏しない時間を観客が待ち続けたことがあった。あの時、客席から歓声が飛んだり、拍手が起こったり、静かになったり、いつまでも始まらない次の曲を大観衆と待つ体験は非常に豊かな時間だったことを、思い出した。

 昨日、「般若心経」の現代語訳で話題にのぼった伊藤比呂美さんが現代語訳しているということで、JACSHA世話人の里村が選んだのは「説経節」の「かるかや」の音読だった。説経節は浪曲の前身の語り物の芸能。冒頭部分で、神様、仏様が本来どういった人間であったかを語り始めるところから、引き込まれていく見事な文章で、こうした形で隠れ四股タンの四股神についての語り物を創作するのも面白いのかもしれないと思わせるようでもあるが、実は、JACSHA鶴見は今朝、関東から沖縄への移動の最中に隠れ四股タンについての物語を執筆していたのだ。竹澤さんは、伊藤比呂美さんにお会いしたこともあるが、娘さんにお箏を教えたこともあり、その娘さんのお父さんから里村はポーランドを教わり、最初に「ポーランド語はクマゼミみたいだから、クマゼミになるんだよ」と言われたことを鮮明に覚えている。竹澤さんは高校時代に沢井忠夫先生に初めてレッスンを受け、「この子は耳がいいから必ず伸びるよ」と言われたことを今でも覚えているとのこと。小錦が高砂部屋に入門して間もなく日本語があまり分からなかった頃、高砂部屋の親方が英語で言える言葉がプッシュだったので、稽古中にプッシュ、プッシュと言い続けていたら、小錦が押し相撲になった、というエピソードを大昔に聞いた記憶があるが、本当だろうか?最初の教えは、いつまでも冷凍保存されて新鮮に残り続ける。

 ヴァイオリン属の弦の種類は、数百もあり、100では収まらない。ビルトーゾ、ウルトラ、ソフト、ヘビーなど、いろいろあるが、ヘビーと言われると、脇から蛇が出てくる砂連尾さんをイメージしてしまう。コントラバスの弦は切れることはないが、理想は半年で張り替えるらしく、4本変えると10万以上してしまう。低音の箏の十七絃も理想は半年から一年で張り替えだが、やはり高価なので、リサイタルの時などに張り替える。熟練した楽器屋さんが糸をしめると、張りがあるけれども弾力性がある。こうした箏や三味線の弦をつくる会社が、次々に廃業していき、音のいい弦の会社がなくなっていく。粗悪品の会社が儲けていて、いい音のメイカーが潰れていく。

 箏曲の「六段」は108拍なので、100ではなく108踏んだ。ゆっくりしたテンポから始まり、少しずつ加速。二段目以降も踏んでみたい。後半は、初の試みで一人50カウントずつで、2巡目になった。50カウントはあっと言う間。石神さんの「わらべうた」、四戸さんのコントラバスでの「相撲甚句」など、もっと聞きたい。竹澤さんが超高速で「般若心経」を朗読。この50踏ずつ目まぐるしく変わった後、全員でポリフォニックに響くエンディングが劇的だったし、いつも以上に汗をかいた。ある種の序破急であったのかもしれない。感想を語り合っている途中に、飛行機内からJACSHA鶴見が登場。飛行機の外に出ると同時に、本日の感想戦が終了した。

四股ノオト
6/26 四股ノオト

6/25 四股1000 五十九日目 隠れ四股たん

 11名参加。東京、神奈川、茨城、京都、福岡より参加。今朝早くの大きな地震の話をしながら、ルルベ、ドゥミプリエ、壁の股割り、腰割りから開始。本日のカウントは、さいたまトリエンナーレ2016千秋楽での、一ノ矢さんと呼出し邦夫さんとJACSHAの相撲聞芸術フォーラム「相撲道と作曲道2」より呼出し道、ポーランド語の数字(ver.)、バッハ「フランス組曲第1番」よりアルマンド、松井茂短歌作品集(和歌詠みver.)、さまざまな生き物(猫、犬、蛙、鳩、烏、人など)、「アリになった数学者」(森田真生著)、般若心経、日本語の数字(ver.)、全員のカウントで1000回。

 JACSHA鶴見は鍵盤ハーモニカで、バッハのアルマンドを演奏した。バッハを聴きながら四股を踏むのは初体験かもしれない。昨日でたアイデアの、四股を踏みながら聴くコンサート「四股ンサート」をイメージしたという。最近は他のメンバーの数字カウントでも、数字音読の軽さや割り切り感に捉われないように、四股踏みの体感に合わせて、読む時の声色や抑揚に工夫があり、ネバっこい傾向がある。それも意識して、流れるようなアルマンドを選曲したらしい。アルマンドは舞曲の一種らしく、どんな踊りかは分からないが、四股でも踏みやすい音楽だ。それならばと、ガボット、クーラント、アヴェ・マリア、グレゴリオ聖歌など、四股踏みに合いそうな西洋音楽が挙げられた。テンポチェンジ稽古を始めた一週間前、箏曲「六段」でのカウント案が出たが、(6/18 四股1000 五十二日目テンポチェンジ参照)、「六段」は隠れキリシタンがグレゴリオ聖歌のクレドの伴奏として作ったと言われ、同時に演奏することができる。そして、現在の四股1000メンバーでアンサンブルが可能だ。禁止されてもキリスト教を信仰したい思いと、コロナ禍でもどうしても四股が踏みたい思いがリンクして、ゆるキャラ「隠れ四股たん」が爆誕。四股1000は、体をゆるめることがポイントなので、文字通りのゆるキャラである。「隠れ」には、インナーマッスルの意味も込められる。

 箏奏者の竹澤さんは、ラスト100回の全員カウントのときに般若心経を唱えることが多いが、今日はカウント担当の時に、途切れ途切れの般若心経を唱えた。般若心経といえば、流れるようなメージしかなかったが、日本語的に漢字の意味を考えながら、一歩ずつ、一語一語が読まれていった。唱え方が変わると見える景色もだいぶ違ってくる。踏めば踏むほどに、今日もいろいろなことを発見した。

四股ノオト
6/25 四股ノオト