8月9日に世界初演されました、JACSHA野村が作曲した「初代高砂浦五郎~高砂浦五郎を賜るの段」の演奏動画が公開されました!
浪曲地歌「初代高砂浦五郎~高砂浦五郎を賜るの段」
原作:松田哲博、作曲:野村誠、地歌三味線:竹澤悦子

Japan Association of Composers for Sumo Hearing Arts
8月9日に世界初演されました、JACSHA野村が作曲した「初代高砂浦五郎~高砂浦五郎を賜るの段」の演奏動画が公開されました!
浪曲地歌「初代高砂浦五郎~高砂浦五郎を賜るの段」
原作:松田哲博、作曲:野村誠、地歌三味線:竹澤悦子
4名参加。茨城、京都、沖縄より参加。数字カウントのみの日。◯腰、インドネシア語、オランダ語、◯日目、ポーランド語、◯ページ、英語と日本語(笑い付)、◯テッポウ、900年から1000年(西暦)、のカウントで1000回。
JACSHA野村は、500から600のカウントの時に、「能楽源流考」(能勢朝次著)という分厚い本(1000ページ以上ある)を持ちながら、501ページ、502ページ、といった要領で、1歩1ページずつめくっていく。ものすごい速読法であるが、見出しだけでも目に入ると違うらしい。この本は、タイトルにあるように、能に関する本であるが、第1ページは、一章「平安時代の貴族的猿楽」⒈「相撲節会の散楽」から始まるそうだ。
JACSHA鶴見は「相撲大事典」(現代書館)を引っ張り出してみると、全部で500ページ。速読四股を真似してページをめくっていくと110ページで止まった。「腰割り」が目に入ったのだ。毎日腰割りをして研究しているのに、相撲大事典で調べたことがなかったことに気づき読んでみた。以下引用:
【腰割り】中腰の構えで両足を広く開き、膝を曲げて腰を落とした姿勢、またはその姿勢をとる稽古のこと。太ももを両手で押したり腕組みをして、腰をできりだけ下ろし、重心を低くしても体勢が崩れないように下半身を鍛える運動で、稽古の基本の一つである。「相撲大事典」(金指基著、日本相撲協会監修、現代書館)より
鶴見は、親方、力士、元力士の多くが、腰割りのことをスクワットと言い換えているのが気がかりだという。昨日の相撲協会のツイートには「スクワットをする正代」として、腰割りをしている正代の写真が投稿されていたという。引退した力士や親方衆がトレーニングとして腰割りを紹介しようとするとき、腰割りと言いたそうだけど、わざわざスクワットと言い換える経緯が一瞬垣間見えることもあるという。
一ノ矢さんは、著書の中で、「腰割りとスクワットは全く違う」、「時代は腰割りを求めている」「腰割りでメタボ対策」などと、徹底してスクワットではなく腰割りを提唱している。以下の著書がある。
元・一ノ矢/マツダキョウコ「股関節を動かして一生元気な体をつくる」(実業之日本社)
元・一ノ矢「お相撲さんの”腰割り”トレーニングに隠されたすごい秘密」(実業之日本社)
元・一ノ矢「股関節がみるみるゆるむすごい腰割り体操」(実業之日本社)
インターネットの記事もある: 47歳まで現役だった力士に学べ シコ踏みで股関節を動かそう
https://www.asahi.com/relife/article/11763204
なぜ多くの人がスクワットと言い換えてしまうのか。似た言葉で「股割り」はあるが、「腰割り」に比べて大変知られた言葉である。お相撲さんが股割りをするときのインパクトが大きいこともあるだろう。一般的には「開脚」とも言い換えられる。「腰割り」は知名度が低く、スクワットの方が一般的に浸透している用語であるので、言い換えてしまうのだろうか。「腰割り」はきちんと説明しようとすると奥深いため、手っ取り早くスクワットと言ってしまうのか。体を緩めどこにも力みのない純粋な腰割りでなく、負荷をかけて筋肉も鍛えたいので、腰割りとスクワットの効果をどちらも兼ね備えるトレーニング、腰割りの多様性としてスクワットと言う(相撲スクワットとも言われる)。などの理由が考えられる。
とはいっても、もう少し「腰割り」という用語が使われてもいいと思うし普及したい。北斎漫画にも見られるように、古くからある素晴らしい体の使い方だからだ。また、「腰割り」という言葉が使われなくなったら「腰割り」自体もなくなりそうで不安である。そうこう考えるうちに、いつの時代から「腰割り」という用語が使われ始めたのかも気になってくる。

7名参加。東京、茨城、京都、沖縄より参加。一週間前の8/27木曜日に引き続き、テーマトークカウント第2回目。本日は、「最近体のことで気づいたこと」について話しながら、テンポ40-42で1200回。
ピアノのレッスンのウォーミングアップで手首をグルグル回すときに、やりやすい方とやりにくい方がある。/逆流性食道炎で、胃酸が上がってくるのを止めなければならないが、四股では苦しくならない(下に落ちるような感じ)。/新月や満月の日は、精神的に落ち着かなくなる事が多い。昨日は単なる満月ではなかった。四股でポジティブになっているのを体感した。/四股で体が死んでいるところを気づきやすくなった。鼻が弱くグズグズするので、台風や熱帯低気圧のときに、呼吸が浅くなったり眠くなることがある。足裏が地についている感じがする。腰回りはまだ分からない。/体と心の距離がある感じがするのはなぜなのか?と考えるようになった。/四股1000はダイエットには効果がないことを実感している。四股の要領で階段を上っている(片足段差四股)。髪の毛の色で気持ちも変わる。/最近蚊に刺されるようになった。
蚊のトピックから、メンバーそれぞれも蚊について話し続けた。32才くらいから蚊に刺されるようになり、33才の頃、藪に入ったときに全身ビッシリ刺されてしまい発熱したほどであった。/蚊に刺される箇所は、お灸を据える位置と合致するので、蚊は体を治療しているともいえる。/蚊はドライヤーなどの熱で解毒することができる。/音がいやだ。/血液型による。/足裏の菌による。
といった、いかに蚊と人間の生活が密接に関わっているのかが伺える、今の季節に相応しいトークであった。
4名参加。東京、茨城、京都より参加。夢の話から開始。本日のカウントは、四股1000メンバーによる七股相撲甚句、創作数字、日本語の数字、コンサートでのコロナ対策に関する観客への周知事項、仲順流り、英語の数字、陽気に歌いながら◯四股、50カウントずつ:◯メートル降順、マイナス◯メートル昇順、英語でマイナス◯メートル降順、◯キロ昇順、のカウントで1000回。
夜に見た夢の話をした。昨日から夢の話をする人が多いらしい。昨日から今日にかけて満月なので影響があるのかもしれない。JACSHA鶴見は昨日も今日も相撲関連、JACSHA樅山はゆうべ四股関連の夢を見た。
四股1000は一人100ずつをカウントし、1000回になるまで回していくが、今日は4名参加だったため、ラスト200は50ずつカウントした。鶴見はテッポウしながら50メートル、49メートル…0メートルと1メートルずつジワジワ近づいてくる。続くやっちゃんは、マイナス1メートル、マイナス2メートルと離れていく。続く樅山は英語で再び近づいてくる。ちょっと怖い夢の話を引きずりつつ、ウォーキングデッドのように、四股ゾンビが近づいてくるようなホラーな雰囲気を鶴見は味わったそうで、続く地歌奏者の竹澤さんの◯キロカウントは体重を想起したり、サザエさんや笑点のような陽気なメロディで、◯四股です♫と楽しく歌いながらのカウントもしてくれて、いつもよりは少ない参加人数だったが、なかなかエンターテインメント性に富んだ四股1000となった。本日は感想戦をやらずに終了。
8名参加。東京、神奈川、茨城、京都、沖縄より参加。神田佳子幟歌より開始。本日のカウントは、四股1000メンバーによる七股相撲甚句、2016年11月21日JACSHAフォーラム、大相撲九月場所幕内番付、日本語の数字、創作数字、2020年8月31日琉球新報「旧盆の道ジュネー」、英語の数字+shiko、サイレントジェスチャー数字、全員のカウントで1000回。
JACSHA野村が音読するフォーラムは、相撲の魅力に関する質疑コーナーの続き。各地域の相撲行事には、100%神事のものがあるが、大相撲は100%神事ではなく、聖なるものと俗なるもののバランスや、両者が入れ替わったり行き来することが魅力の一つだと語られる。野村はタイの行事に行った時、人々が楽しめるようにと、ポップス音楽が流れ始めたりした、聖と俗が行き来する行事の経験談を紹介していた。
やっちゃんは、1四股、2四股…10(とう)四股、とうと◯四股…にとうと◯四股、さんとうと◯四股、よんとうと◯四股、ごとうと◯四股、むとうと◯四股、なとうと◯四股、やとうと◯四股、きゅうとうと◯四股のように、数字を創作。JACSHA樅山は、one shiko, two shikoと、英語の数字に不可算名詞としてshikoを付けたカウント。アメリカン英語で、素早いテッポウの腕の動きを伴った樅山の四股は、潔くキレがあってかっこよかった。評論家の松平あかねさんは、音声が聞こえなかったため、指を折りながらの全力ジェスチャーアピールで無音カウント。ジェスチャーを見ながら共感と同調しながらの四股は、コミュニケーションとして楽しい四股時間であった。数のカウントでもさまざまな四股が生まれる。
まさに台風9号通過中の沖縄から参加の、ピアニストの平良さんは、昨日の琉球新報紙面から、エイサーの「道ジュネー」についての記事を音読。沖縄は昨日から明日まで旧盆期間だ。旧盆では「エイサー」という芸能で先祖供養をする。太鼓を叩きながら演舞し、歌三味線がエイサー音楽を演奏する。エイサーは、各地域の広場などで行われるほか、演舞をしながら街中を練り歩き、家々を回る「道ジュネー」というスタイルで行われる。毎年エイサー練習期間からお盆中は、エイサーのサウンドスケープが沖縄の人の心をウキウキさせるが、今年はコロナの影響で中止が多く、エイサーの音が聞こえず寂しいお盆となっているそうだ。それでもなんとか今年もエイサーで、ご先祖様も生きている人も元気になってもらおうと、インターネットで動画を配信したり、軽トラックで音源を流して街を回るなど、各地域ごとに工夫を凝らしている。通常の道ジュネーでは、葉っぱやお花で装飾された軽トラックに、歌三線の奏者が乗って演奏し、演舞とともに移動していくのだが、ほかの沖縄の行事でも、軽トラックから聞こえる音で祭りを知ることがある。旗頭(はたがしら)の演舞地への移動で、軽トラックに乗った演舞者達のサーサーサーサーの掛け声と、鐘を鳴らしながらの音が聞こえると、秋になったな〜と思うそうだ。人々が集って祭りがしにくい今は、沖縄の軽トラック音楽によるサウンドスケープは参考になるかもしれない。音が聞こえただけでも心は祭り気分になり、高鳴るものである。行事と祭りと音の結びつきが大事であることを、こうした情勢の中で改めて気づかされる。
や
(稽古休み)
8名参加。東京、神奈川、埼玉、茨城、京都、大阪より参加。1st、2ndポジションで、ドゥミプリエ、グランプリエ、ルルベの繰り返し、腰割りとイチロースタイルの肩入れから開始。本日のカウントは、四股1000メンバーによる七股相撲甚句、月刊相撲5月号附録全相撲人名鑑より伊勢ノ海部屋漣〜大嶽部屋吾郎、2016年11月21日JACSHAフォーラム「呼出しについて」、日本語の数字(普、with風船、重)、川の流れのように(四股1000ver.)、◯四股、全員のカウントで1000回。
呼出しハンコ職人のサトさんは、全相撲人名鑑から、親方、力士、行司、呼出し、床山などを次々と呼び上げていくが、追手風部屋が大変そうだった。大翔◯◯という四股名が何人も続くからだ。佐渡ケ嶽部屋も大変そうだということで、地歌奏者の竹澤さんは、義太夫や歌舞伎の演目「壇浦兜軍記」(だんのうらかぶとぐんき)にある、「琴責の段」(ことぜめのだん)のことを教えてくれた。阿古屋(あこや)姫が、ウソ発見器として、琴、三味線、胡弓を弾かされ、音に迷いがなければ潔白を証明できるシーン。楽器がウソ発見器になるというは面白い。阿古屋役の演者が楽器を演奏する、見せどころのシーンである。迷いがない四股を踏むことで、潔白を証明する踏み絵の段も、隠れ四股たん取締奉行にある。今日は大翔責の段であったのだ。そのうちやってくる琴責の段が楽しみだ。風責の段、千代責の段、朝責の段もある。
JACSHA野村が連日音読をしている2016年11月21日JACSHAフォーラム「呼出しについて」。昨日の続きで、相撲の魅力は、見せるために「演出」されたものと「はだか」であることの絶妙なバランスがたまらない、と観客の質問に応えていた。こうして、JACSHAフォーラムは、なぜ相撲なのか?相撲は神事であることについて、などの根本的な問いに答え、JACSHAについてさまざまな視点から網羅された内容になっているので、フォーラムが行われた展示室「相撲聞芸術研究室SHARS」の資料とともに、まずはJACSHA本を作るのはどうだろうと、JACSHA樅山から提案があった。
打楽器奏者の神田さんは、下半身がよく見える、足元から舐めあげるようなグラビアアングルのカメラ位置。迫力のある親方アングルと言ってもいいかもしれない。野村、鶴見、竹澤さんも同調してカメラ位置を調整。オンラインの画面に四股姿全身を映すのは、部屋の大きさの兼ね合いなどから簡単にはいかない。上半身だけの人、首から下の人、人によって映り方は違う。神田さんの親方アングルは、今日はそこにしかカメラを置くところがなかったのが理由だが、下半身がよく見えると四股の参考になるのは間違えなく、樅山は鶴見の四股、腰割り、五角形が綺麗だった、先日あかねさんが、四股1000PRビデオと最近の四股は違うように見えると言っていたが、上達しているのかもしれない、と話した。鶴見や竹澤さんは、師匠からの指導が転機になって、意識が変わったという。鶴見は軸足の膝を伸ばすこと、竹澤さんは、内くるぶしからスネにかけて体重が乗っかるようにする、という教えを意識しているという。時々師匠から教えをいただくことは大事なのだと実感する。
やっちゃんとナナちゃんは、昨日、今日と、カラフルな瓢箪型の風船を楽しそうに振りながら四股を踏んでいた。鶴見も影響されて、帽子、人形、紙の軍配を手にしながら踏んでいた。手に何かを持って四股を踏むのは楽しいそうである。軍配には、カンガルーの親子による横綱土俵入のイラストが書かれていた(西濃運輸キャラクター)。風船や人形、動物をヒントにした、子ども向け四股企画は楽しそうである。野村は大きいパンダの人形を持っており、どこかの動物園にいるかもしれない、パンダ流四股をシミュレーションした。 7月に行った「とよおかアート縁日」での「すもう×おんがくワークショップ」のように、15分番組だったら動物の着ぐるみを着たまま四股が踏めるだろうか。サン=サーンスの「動物の謝肉祭」や、ブリテンの「青少年のための管弦楽入門」を参照し、「動物の四股祭」、「青少年のための四股楽入門」などの、四股教育エンターテイメントとしての音楽作品作りも楽しそうである。
10名参加。東京、神奈川、埼玉、茨城、京都、大阪、沖縄より参加。本日のカウントは、四股1000メンバーによる七股相撲甚句本唄、健康診断検査項目、2016年11月21日JACSHAフォーラム「呼出しについて」、「説経節かるかや」(伊藤比呂美現代語訳)、オランダ語の数字、日本語の数字(普、with風船、声色七変化)、般若心経、◯四股、のカウントで1000回。
JACSHA鶴見がカウントした七股相撲甚句は、四股1000のことを詠んだ句が多いので、踏みながら聞くと一層染み入る。四股1000のテーマソングのような甚句になっている。歌詞は、四股1000メンバーによる旧暦七月七日七股相撲甚句参照。今日の感想戦から、打楽器奏者の神田さんの夢「土俵入りの筋肉を、白鵬よりもつけたい」もうまく取り入れたいし、JACSHA世話人里村は、時事として昨日突然辞意を発表した安倍首相のことも入れたいと、七股甚句のさらなるアイデアが膨らんだ。
JACSHA野村が連日音読をしている2016年11月21日JACSHAフォーラム「呼出しについて」。なぜ相撲が好きなのかという観客からの質問に対して、どうして好きなのか、相撲のどんなところに魅力があるのかを探りたいからJACSHAを結成して活動をしている、恋人に対して愛しすぎてどのくらい愛しているか分からないくらい、と応えていた。鶴見にとって相撲の魅力のキーワードは「はだか」だと言った。力士ははだかであるが、呼出しに対しても「はだかの声」を感じるという。何も隠さず、飾り気のない、透明をイメージする「はだか」。無色透明なのでなく、全ての色の光が混ざり合うと透明になるような、奥行き感のある「はだか」だ。鶴見はよくこのことを口にするが、公の場で語ったのはこの時が初めてだろう。
JACSHA里村が連日音読していた「説経節かるかや」が遂に終わった。振り返ってみると、6月26日から始まったのだった。壮大なストーリーとともに2ヶ月間説経されていたことになる。里村がなぜこれを読み始めたかというと、6/25の四股1000で、隠れキリシタンの話題から、隠れ四股たんが誕生し、その夜のJACSHA飲み会で、四股仏、四股神、四股福神などの隠れ四股たんの神仏や、道具、経典について話していたことに繋がる。
JACSHA樅山は、一四股、二四股、三四股、四四股〜百四股、というように、数字に四股の単位を付けたカウントが気持ちよかったので、昨日に引き続き今日も実践したところ、いつもよりも汗をかいたそうだ。このカウントに影響された野村は、壁に向かって四股を踏んだところ、自分の真っ直ぐを感じたという。樅山は900から1000回の担当だったので、最後に「千四股」のカウントとともに踏み終わるのは格別であった。地歌奏者の竹澤さんは、目をつぶって四股を踏んだところ、足先から頭のてっぺんまで、衝撃が流れるのを感じたそうだ。四股1000を続けて120日を過ぎてもまだまだ四股の発見は尽きない。

9名参加。東京、神奈川、茨城、京都、大阪、沖縄より参加。本日のカウントは、初心に戻るために、数字のカウントのみで1000回。言語、声のニュアンス、単位は自由とした。◯枚目(三段目番付)、重く遅い、念仏風(テンポチェンジ付)、七尾弁、◯万円、1でワン(犬吠え)、◯通り、◯四股、◯楽章、と、ニュアンスや単位が違うだけでも、一歩一歩のイメージに落とし込まれて面白く、一歩の存在感がはっきりするような感覚で四股を踏み続けた。
久しぶりの数字カウント1000回の感想は、負荷感が違う、やった感ある、修行感ある、毎日やっているのにへこたれそうになった、といった声が多かった。評論家の松平あかねさんは、JACSHA鶴見がよく歌う八重山民謡の「ゆんた」は、労働の辛さを紛らわすものであることを思い出した。
JACSHA野村は、昨日のインタビュー形式では、四股に対して他人がどう感じているのかを追体験することになったが、数字カウントでは自分の四股と向き合うことになる、と大きな違いを指摘。まさしくそうである。自分の四股に向き合うことは大事だから、辛くても時には必要なやり方であることが確認できた。
四股1000メンバーは、犬の鳴き声が得意な人が多く(かなりのハイレベルで、言われないと本物と聞き分けられないレベル)、コントラバス奏者の四戸さんのカウントでは、1のくらいが1のときにワン!と吠えた。歌手の松平敬さんがよく1、2、3のみでカウントするので、ワン(犬)、ニャン(猫)、ミーン(蝉)のアイデアが出される。今日はちょうど四股1000が始まって123日目、ワンニャンミーンの日である。
明日のカウントはこれまでの自由型に戻す。昨日、今日を受けて、自由型の仕方も変わるだろう。
9名参加。東京、茨城、京都、大阪、沖縄より参加。竹野相撲甚句体操より開始。本日のカウントは、「どんなテーマで、どんなことを考えながら、どんなことに気をつけながら四股を踏んでいるか?」を話しながら1000回踏んだ。
新しいカウントの仕方を実験。昨日、四股と感想戦を一緒にしたようなカウントをするのはどうか?などの提案があり、まずJACSHA鶴見は、そのことについて話し、ではどうやって今日は進めていこうかと話しながらカウント。続いて、JACSHA野村は、呼吸についての問いを投げかけるカウント。思いついたメンバーが自由に答えていく。その後、野村がインタビュアーになり、「どんなテーマで、どんなことを考えながら、どんなことに気をつけながら四股を踏んでいるか?」を問うて、メンバー1人ずつが答えながらのトークが続く「JACSHAの部屋」が始まった。
どのくらい曲げると気持ちいいのか、無心のときもあれば、ポジティブな気分になる転換点がある、ポジティブエネルギーが走り、迷いがある時もある/コントラバスの駒は蹲踞をしている、四股ントラバス、隠れ四股たんとして、駒が踏み絵になったとしたら踏める、犬は腰割りができている/重心の移動を考える、心身ともに落ち着いてきた/日によって、骨格、筋肉、頭の位置など、意識する部分は変わり、重心と呼吸、というように複数のポイントを調合し、全身のバランスを考える/人間はインタビューを受けるべきだ、自分が主役になるし、話を聞いてもらうだけでもいい影響となる/基本的にテーマはない、心の成長が羨ましい、骨に刺激を与えると老化が遅く脳にも影響する/四股がどう馴染んでいるのか四股錯誤をしているが、まだ納得していない、運動しながら話すのはボケ防止になるのでとてもいい/など、メンバーそれぞれから様々なお話を聞くことができた。
四股と感想戦が一緒になったので、今日は感想戦をやらない可能性もあったが、新企画の振り返りもしたかったので、1000回踏んだ後はいつものように感想戦タイムを続けた。四股を踏みながら話していくのは、脳に負荷がかかるので、今日のようなトーク型は時々でよい。いつものような自由型をメインに、トーク、カウントだけの日などのテーマ型は、週に一度くらいでもよいのではないかと話し合われた。
コントラバス奏者の四戸さんは、コントラバスの駒を見せてくれた。顔の大きさほどある駒は、見事に五角形の腰割り姿勢であることに衝撃であった。四弦コントラバスは、この駒で180キロの張力を支えているという。大型力士一人分の重さである。バイオリンの駒は小さくなって蹲踞の姿勢だ。隠れ四股たんの神社は、五角形の鳥居があったり、五角形の茅の輪くぐりをしたり、腰割りの五角形信仰に熱いため、駒の五角形を知ったメンバー達は大喜びである。かんむりやマスク、小型化したネックレスとして、隠れ四股たんのグッヅにもなるだろう。評論家の松平あかねさんは最近、知り合いから「四股踏んでるでしょう?四股1000とかいう…」と、小声で囁かれたそうだが、バレそうになった時はとぼけたり、相手の四股への見解を探ったり、駒ネックレスが見つかった時は、スペアの駒なんですとごまかすなど、隠れ四股たんの慎み方も議論された。

